軍事研究をやらないことが平和につながるのか?

京大「軍事研究を行わない」 方針公表 - ITmedia NEWS

 

誰だって大量殺戮破壊兵器、それも人類を滅ぼすような代物は作って欲しくないでしょう。

 

しかし、医者は病気の研究をやります。これは別に病気を作るためでは無く、病気を治療したり備えるためです。犯罪学というものも犯罪をやるためのものではありません。

戦争で相手がある以上、片方がいくら平和を唱えたところで防ぎきれないこともあります。ナチスドイツと交渉を行った英国宰相は熱意ある平和主義者でしたが、ミュンヘン会談で領土をくれてやっても戦争は止められませんでした。

私は敵を知らねば平和は守ることはできないと思います。

 

世界各国、特に大国は当たり前に軍事研究をやっています。

国家予算も付いて大学で軍事研究が行われているのです。

また軍事の研究からインターネットが生まれたというのは良く知られていると思います。

戦争という人の命が掛かる分野では、当然、莫大な金が動きますし、多くの技術がそこから生まれ、民生技術として発展してきました。

新しい技術で戦力が飛躍的に変わり、国の存亡さえ関わってきます。

信長は鉄砲という新しい技術を手に入れ、ナチスドイツは戦車、アメリカは核兵器です。スペインに滅ぼされたインカ帝国が銃を開発して持っていたなら、歴史は変わっていたことでしょう。

 

怪しげな軍事組織から金をもらって研究したり、殺人のための研究はいかがなものか、という話は誠にもっともだと思いますが、今の日本にそれほどの余裕があるのでしょうか?

 

学問にあれやこれや規制をもうけて、研究費も自分で制限する。

これは江戸時代の鎖国に似ている気がします。

鎖国は幕府にとって都合の悪い情報を入れないためでもありましたが、結局、黒船ペリーによって有無を言わさぬ形で崩され、そこから積極的に外国に学ぶ日本に切り替わります。

 

第二次世界大戦後で敗戦した日本はGHQジェット機の開発も禁止されてしまいます。

半世紀経ってようやく国産ジェットの開発に取り組んでいますが、一度失われてブランクができると、教育者もいないために遅れを取り戻すのは非常に困難です。

もし、日本がジェット機でシェアを占めていたら、経済的な餓死や凍死はもっと減っていたと思います。

 

安全保障でアメリカにますます依存し、アメリカの言いなりになっていけば、いずれイスラムとの戦争にも駆り出されるでしょう。

 

今回の京大の決定は日本有数の最高学府であるだけに、非常に影響が大きいと思います。